2021年2~8月

今年の誕生日

二月の誕生日で25歳になった。今年の誕生日は私にとって特別な意味合いがあった。すごく幸せな気分になった。

5年前20歳の誕生日の頃、うつが一番ひどかったときで、まるで真っ暗闇の中にいるような気分だった。もうこの先の人生に希望が持てない、毎日つらくてたまらない、そんな風に思うまで私は弱っていた。周りの友人が学校に仕事に忙しそうにしているのを見て自分と比べては、まるで置いて行かれるような気がして余計落ち込んだ。
憂うつが頂点に達した誕生日の深夜、急にこんな考えが浮かんできたのを覚えている。25歳まで頑張ってみよう、と。当時好きだった作家がインタビューで「25歳が転機になった」と言っていたのを思い出してなんとなく浮かんだ目標だった。この先の人生、どうやって食っていこうと考えると自分にはほとほと出来る気がしない。ただあと5年なら、やれそうな気がした。諦めるならそれからにしようと思った。「私はまだ諦めない」急にポジティブな気持ちになって、インスタグラムのフィードにそう書いたのを覚えている。思えば最悪のときに「あと5年」と思えたのは、自分の心の奥底に枯れない希望の芽があったのだなと我ながら誇らしく思う。

この5年間、決して平坦な道のりではなかった。うつはとても手ごわくて、諦めかけたことも何度もあった。だが、セラピー、心理学、家族や友人の支え、休養、映画やドラマ・本、フェミニズム、KPOPアイドルたち…色んな要素が私を癒し力を与えてくれた。私の心は徐々に息を吹き返した。再びやりたいことや興味のあることが出来た。希望や目標が生まれた。友情や愛を信じられるようになった。なんとなく社会のレールの上を歩くのではなく、親の言いなりでもなく、ようやく自分自身を見つけられたような気がした。

5年間私は諦めなかった。何にも興味を持てず希望もなかった私が、生きることは楽しくて、ワクワクすることでいっぱいだと再び心から思えるようになった。本当に本当に幸せだった。

仕事

3月から2年以上ぶりに仕事を始めた。仕事は順調で楽しかったけれど、雇用主のモラハラがひどくて5月の頭に辞めた。同時期に入った四人のうち二人が私より前に辞めたような職場だったから、とんだ貧乏くじを引いてしまった。早めに見切りを付けられたのは成長だ。けれどこの一か月間うつに逆戻りしてしまった。

辞めたのと同時期に新しいセラピストのところにお試しに行ってみた。そのオフィスは小田原市にあるのだが、今まで地元で受けたものよりも断然進んでいるように感じ、医療/福祉格差を感じた。

セラピストに「常に強い倦怠感を感じている」と話したときに「何が原因でそんなに疲れてしまうんでしょう」と聞かれて答えられなかった。正直考えたこともなかった。答えるとするならば生活すること自体、だ。もうずっと、社会生活を送るのに人より多くのエネルギーを消耗しているような感じがする。

たまたま読んだアスペルガー症候群当事者による体験記「見えない違い 私はアスペルガー」(ジュリー・ダシェ原作)で紹介されていた、「スプーン理論」が今の自分にすごくしっくりきた。

「スプーン理論」とは、一日に使えるエネルギーをスプーンの杯数として換算する考え方だ。健康な人は無制限に使えるが、障がいや慢性疾患を持つ人が使える数は限られている。自分のエネルギーをスプーンに換算することによって、疲れ具合を可視化する仕組みだ。

今月のように100点中5点くらいの調子のときはスプーンは5杯ほどだ。ベッドから起き上がるのに一杯、風呂でニ杯、食事で一杯、、みたいな。その日の調子によって使えるスプーンの本数も、行動によるの消費量も違う。

そこまで考えて、やはりもう一度メンタルクリニックにかかるべきではないかとの結論に至った。この倦怠感のひどさはとても健康体とは言えない。投薬で良くなるものなら良くなりたい、と。思えば去年の同じ時期もメンタルクリニックにかかったのだった。そういうサイクルなのだろうか。面白いものだ。

うつ病治療の四本柱が「休養、環境調整、薬物治療、精神療法」ならばあと欠けているのは薬物療法しかない。そもそも今までうつ病と診断されたことがないので、今回どうなるのかも不安だけれど。

「心の病は恥ではない」「過去を悔やんでもしょうがない。変えられるのは未来だけだ。」今日も自分にそう言い聞かせる。

6/20

メンタルクリニックの二回目の通院が済んだ。先生は素晴らしく理想的とは言えないが、今まで出会った中では一番マシかなという感じ。いつもメンタルクリニックにかかると、怒るか悲しむか呆れるかだったので、それが無かっただけでひとまずよしとしようと思う。

睡眠習慣が乱れているので、かなり弱い睡眠薬/セロトニンを効率的に取り込む薬を一日0.5錠服用することになった。少し眠りは深くなったような気がするが、大して変わらない。それで良いと思う。

一週間前から新しい仕事が始まった。今のところかなり順調で、人間関係も良い。

8/1

スポーツウーマン

すごく順調だ。職場は良い人ばかりだし仕事内容も給料も悪くない。そして運動を始めた。メンタルクリニックで行った血液検査で、ホルモンに関わる甲状腺等に異常はなかったものの、中性脂肪の数値が高いことが分かった。先生に「あなたはずっとスポーツウーマンだったんでしょう。それを9年前からピタッと辞めてしまった。当然身体に変化も出るでしょう。心のためにもまた少しずつ再開したらどうですか。」と言われ俄然やる気になった。これまで「うつには運動が効く」と言われても、うるせえそれが出来たら苦労してねえよ、とはなから無理と決めつけていたけれど、今なら出来そうな気がした。むしろ私はそれを求めている、とも思った。

何となくプールに行きはじめた。昔から泳ぐのが大好きで、得意だったから。幼稚園の頃年間の半分も休むほど身体が弱くて、体格も小さかったけれど、水泳を始めてから克服した。周りからはよく「前世イルカだったんじゃない」「水を得た魚」と言われていた。久しぶりに泳いで本当にそんな気持ちになった。私が求めていたのはこれよ、これ!!と。

その後スポーツ欲・アウトドア欲が高まってしまい、海にも行って泳ぎ(寒かった)、筋トレを始め、幼なじみをボルダリングに誘い、部活でやっていたバドミントンも出来る場所がないか探している。完全にスポーツウーマン復帰だ。すごく楽しい。

やりたいこと

目の前にある仕事を一生懸命やるのも好きだし、自惚れかもしれないが大概の仕事はまあまあ上手く出来る。けれど心から情熱を持って取り組めるなにかをずっと探していた。

海外でも働ける、柔軟な働き方が出来る、covid-19のような不測の事態が起こっても食べていくのに困らない、給料が良い仕事、と考えてIT系のプログラマーやエンジニアの勉強をしようと思っていた。けれど何となく向いてないんじゃないかな…と考えてなかなか進んでいなかった。本当にやりたいのはもっと政治や社会課題の解決に直接関われる仕事だった。だがそれらの仕事をするにはまず大学に行く学費を貯めなくてはならないし、そのためには遠回りでもまず安定した収入を、と思った訳だ。

本屋でたまたまブレイディみかこさんの新刊『女たちのポリティクス 台頭する世界の女性政治家たち』を見つけた。本に登場するのは私のヒーロー、ニュージーランド首相のジャシンダ・アーダーン、フィンランド首相のサンナ・マリン、アメリカ下院議員のAOCだ。彼女たちの軌跡や仕事ぶりが書かれている。これを読んでやっぱりストレートにやりたいことしよう、と思った。時間がない。やりたいことはすぐやるべきだ、と。というわけで国際協力というジャンルの仕事を探している。英語の勉強をして、パソコンのオフィスの使いこなせるようにして…やることは色々ある。本当に楽しみだ。

20歳の頃私のバイト先にたまたま客として来た同級生のお母さんがいた。私の事情を大体知っている人で「最近どうしてる?」と心配そうに聞いてくれた。音楽の仕事をしている人で、話すときもいつもよく通る良い声だった。大学も結局辞めてしまったことを話すと、そう…と少し沈黙した後「やりたいことがまた見つかるといいね」と明るく言ってくれた。それが妙に記憶に残っていた。大学を辞めたと言うとみんな気にしないか、「もったいない」と言うかだったから「やりたいことが見つかるといいね」というのはちょっと異質だった。
やりたいこと。当時そんな概念が自分の中から抜け落ちていたからハッとしたし心に引っかかった。学生の決まったレーンからドロップアウトした私はもうやりたい仕事なんて出来ないんだと思い込んでいた。気力も体力もなかった。当時はやりたいこと探しなんて不可能だったが、その言葉は時おり私の心に甦った。自暴自棄になりかけたとき、あの言葉と澄んだ声とが、確かに私をくい止めてくれたひとつだった。
これからも実際やりたいことが出来るかなんて分からないし険しい道になるとは思うが、とりあえず見つかったよとあの人に教えたい。あのときああ言ってくれてありがとう、とも。