2021年2~8月

今年の誕生日

二月の誕生日で25歳になった。今年の誕生日は私にとって特別な意味合いがあった。すごく幸せな気分になった。

5年前20歳の誕生日の頃、うつが一番ひどかったときで、まるで真っ暗闇の中にいるような気分だった。もうこの先の人生に希望が持てない、毎日つらくてたまらない、そんな風に思うまで私は弱っていた。周りの友人が学校に仕事に忙しそうにしているのを見て自分と比べては、まるで置いて行かれるような気がして余計落ち込んだ。
憂うつが頂点に達した誕生日の深夜、急にこんな考えが浮かんできたのを覚えている。25歳まで頑張ってみよう、と。当時好きだった作家がインタビューで「25歳が転機になった」と言っていたのを思い出してなんとなく浮かんだ目標だった。この先の人生、どうやって食っていこうと考えると自分にはほとほと出来る気がしない。ただあと5年なら、やれそうな気がした。諦めるならそれからにしようと思った。「私はまだ諦めない」急にポジティブな気持ちになって、インスタグラムのフィードにそう書いたのを覚えている。思えば最悪のときに「あと5年」と思えたのは、自分の心の奥底に枯れない希望の芽があったのだなと我ながら誇らしく思う。

この5年間、決して平坦な道のりではなかった。うつはとても手ごわくて、諦めかけたことも何度もあった。だが、セラピー、心理学、家族や友人の支え、休養、映画やドラマ・本、フェミニズム、KPOPアイドルたち…色んな要素が私を癒し力を与えてくれた。私の心は徐々に息を吹き返した。再びやりたいことや興味のあることが出来た。希望や目標が生まれた。友情や愛を信じられるようになった。なんとなく社会のレールの上を歩くのではなく、親の言いなりでもなく、ようやく自分自身を見つけられたような気がした。

5年間私は諦めなかった。何にも興味を持てず希望もなかった私が、生きることは楽しくて、ワクワクすることでいっぱいだと再び心から思えるようになった。本当に本当に幸せだった。

仕事

3月から2年以上ぶりに仕事を始めた。仕事は順調で楽しかったけれど、雇用主のモラハラがひどくて5月の頭に辞めた。同時期に入った四人のうち二人が私より前に辞めたような職場だったから、とんだ貧乏くじを引いてしまった。早めに見切りを付けられたのは成長だ。けれどこの一か月間うつに逆戻りしてしまった。

辞めたのと同時期に新しいセラピストのところにお試しに行ってみた。そのオフィスは小田原市にあるのだが、今まで地元で受けたものよりも断然進んでいるように感じ、医療/福祉格差を感じた。

セラピストに「常に強い倦怠感を感じている」と話したときに「何が原因でそんなに疲れてしまうんでしょう」と聞かれて答えられなかった。正直考えたこともなかった。答えるとするならば生活すること自体、だ。もうずっと、社会生活を送るのに人より多くのエネルギーを消耗しているような感じがする。

たまたま読んだアスペルガー症候群当事者による体験記「見えない違い 私はアスペルガー」(ジュリー・ダシェ原作)で紹介されていた、「スプーン理論」が今の自分にすごくしっくりきた。

「スプーン理論」とは、一日に使えるエネルギーをスプーンの杯数として換算する考え方だ。健康な人は無制限に使えるが、障がいや慢性疾患を持つ人が使える数は限られている。自分のエネルギーをスプーンに換算することによって、疲れ具合を可視化する仕組みだ。

今月のように100点中5点くらいの調子のときはスプーンは5杯ほどだ。ベッドから起き上がるのに一杯、風呂でニ杯、食事で一杯、、みたいな。その日の調子によって使えるスプーンの本数も、行動によるの消費量も違う。

そこまで考えて、やはりもう一度メンタルクリニックにかかるべきではないかとの結論に至った。この倦怠感のひどさはとても健康体とは言えない。投薬で良くなるものなら良くなりたい、と。思えば去年の同じ時期もメンタルクリニックにかかったのだった。そういうサイクルなのだろうか。面白いものだ。

うつ病治療の四本柱が「休養、環境調整、薬物治療、精神療法」ならばあと欠けているのは薬物療法しかない。そもそも今までうつ病と診断されたことがないので、今回どうなるのかも不安だけれど。

「心の病は恥ではない」「過去を悔やんでもしょうがない。変えられるのは未来だけだ。」今日も自分にそう言い聞かせる。

6/20

メンタルクリニックの二回目の通院が済んだ。先生は素晴らしく理想的とは言えないが、今まで出会った中では一番マシかなという感じ。いつもメンタルクリニックにかかると、怒るか悲しむか呆れるかだったので、それが無かっただけでひとまずよしとしようと思う。

睡眠習慣が乱れているので、かなり弱い睡眠薬/セロトニンを効率的に取り込む薬を一日0.5錠服用することになった。少し眠りは深くなったような気がするが、大して変わらない。それで良いと思う。

一週間前から新しい仕事が始まった。今のところかなり順調で、人間関係も良い。

8/1

スポーツウーマン

すごく順調だ。職場は良い人ばかりだし仕事内容も給料も悪くない。そして運動を始めた。メンタルクリニックで行った血液検査で、ホルモンに関わる甲状腺等に異常はなかったものの、中性脂肪の数値が高いことが分かった。先生に「あなたはずっとスポーツウーマンだったんでしょう。それを9年前からピタッと辞めてしまった。当然身体に変化も出るでしょう。心のためにもまた少しずつ再開したらどうですか。」と言われ俄然やる気になった。これまで「うつには運動が効く」と言われても、うるせえそれが出来たら苦労してねえよ、とはなから無理と決めつけていたけれど、今なら出来そうな気がした。むしろ私はそれを求めている、とも思った。

何となくプールに行きはじめた。昔から泳ぐのが大好きで、得意だったから。幼稚園の頃年間の半分も休むほど身体が弱くて、体格も小さかったけれど、水泳を始めてから克服した。周りからはよく「前世イルカだったんじゃない」「水を得た魚」と言われていた。久しぶりに泳いで本当にそんな気持ちになった。私が求めていたのはこれよ、これ!!と。

その後スポーツ欲・アウトドア欲が高まってしまい、海にも行って泳ぎ(寒かった)、筋トレを始め、幼なじみをボルダリングに誘い、部活でやっていたバドミントンも出来る場所がないか探している。完全にスポーツウーマン復帰だ。すごく楽しい。

やりたいこと

目の前にある仕事を一生懸命やるのも好きだし、自惚れかもしれないが大概の仕事はまあまあ上手く出来る。けれど心から情熱を持って取り組めるなにかをずっと探していた。

海外でも働ける、柔軟な働き方が出来る、covid-19のような不測の事態が起こっても食べていくのに困らない、給料が良い仕事、と考えてIT系のプログラマーやエンジニアの勉強をしようと思っていた。けれど何となく向いてないんじゃないかな…と考えてなかなか進んでいなかった。本当にやりたいのはもっと政治や社会課題の解決に直接関われる仕事だった。だがそれらの仕事をするにはまず大学に行く学費を貯めなくてはならないし、そのためには遠回りでもまず安定した収入を、と思った訳だ。

本屋でたまたまブレイディみかこさんの新刊『女たちのポリティクス 台頭する世界の女性政治家たち』を見つけた。本に登場するのは私のヒーロー、ニュージーランド首相のジャシンダ・アーダーン、フィンランド首相のサンナ・マリン、アメリカ下院議員のAOCだ。彼女たちの軌跡や仕事ぶりが書かれている。これを読んでやっぱりストレートにやりたいことしよう、と思った。時間がない。やりたいことはすぐやるべきだ、と。というわけで国際協力というジャンルの仕事を探している。英語の勉強をして、パソコンのオフィスの使いこなせるようにして…やることは色々ある。本当に楽しみだ。

20歳の頃私のバイト先にたまたま客として来た同級生のお母さんがいた。私の事情を大体知っている人で「最近どうしてる?」と心配そうに聞いてくれた。音楽の仕事をしている人で、話すときもいつもよく通る良い声だった。大学も結局辞めてしまったことを話すと、そう…と少し沈黙した後「やりたいことがまた見つかるといいね」と明るく言ってくれた。それが妙に記憶に残っていた。大学を辞めたと言うとみんな気にしないか、「もったいない」と言うかだったから「やりたいことが見つかるといいね」というのはちょっと異質だった。
やりたいこと。当時そんな概念が自分の中から抜け落ちていたからハッとしたし心に引っかかった。学生の決まったレーンからドロップアウトした私はもうやりたい仕事なんて出来ないんだと思い込んでいた。気力も体力もなかった。当時はやりたいこと探しなんて不可能だったが、その言葉は時おり私の心に甦った。自暴自棄になりかけたとき、あの言葉と澄んだ声とが、確かに私をくい止めてくれたひとつだった。
これからも実際やりたいことが出来るかなんて分からないし険しい道になるとは思うが、とりあえず見つかったよとあの人に教えたい。あのときああ言ってくれてありがとう、とも。 

セラピー回顧

カウンセラーにも話せないことは誰に話せば良いんだろう。そう考えると思いつくのはブログしかない。今回のセラピーで感じたことを自分の中で整理したい。誰の事も責めるつもりはない。
ただ自分の心の整理のため。他に何か願うことがあるとしたら、似た悩みを持った誰かが偶然読んで、こんな奴もいるんだな、とほっとしてくれたりなんかしたら嬉しいなと思う。
(※カウンセリング・セラピーなど表現にバラつきがありますが特に意味の違いはありません…)

普段カウンセリングを予約するときは明確に話したいことがあるとき、そしてそれを冷静に説明出来る程度に調子が良いときだ。しかし今回は少し違った。
昨年11月上旬から心身の調子は明らかに下向きだった。10月までは仕事の面接に遊びに、調子は上々だったので余計に落ち込んだ。今回の波は長いぞ、と。12月に入って多少マシにはなったものの絶好調とまではいかず、100点中40点くらいの日々を過ごしていた。昼夜逆転しているので直さなくてはならなかった。

正月休みに家族が家にいることで、生活のリズムを正すにはうってつけだと思っていた。が、30日に軽い胃腸炎になり、心まで一気にまた弱ってしまった。胃腸炎のせいなのか、ただ単に悪くなったのか、年末に苦手意識があるのか。このままズルズルとうつ状態を引きずってしまいそうだったので、一度カウンセリングを受け、負のループを脱しようと思ったわけだ。

調子が最低レベルのときにカウンセリングを受けたことはない。最低とは三日も風呂に入らず、歯も磨かず、一日16時間ぐらい眠っている状態のことだ。ほとんど食欲も湧かず、トイレに行く気力もない。この年末年始はそんな感じだった。そんな姿をカウンセラーや医者に見せたことはなかったので、そのことを話すとよく驚かれる。早く立ち直るためにも、この最低な状態のままカウンセリングを受けてみることで、新しい発見があるのではないかと思った。

着いてまず話したことはこの近況だった。メールでの相談はあったが、カウンセラーと直接会うのは約半年ぶりだった。

働いてないけど成長は成長

それから10月下旬のアルバイトの面接のこと、採用はされたが考えた末辞退したことを話した。(このことは以前の記事「書きかけの日記」に書いた)
面接の際、ありがたいことではあるのだが応募したよりも良いポストを用意され、(短期の倉庫のポストに応募したのに、長期で接客&契約社員のポストに変わった)グイグイ押し切られそうになった。自分の能力を認めてもらって嬉しかったが、面接官からは、喉から手が出るほど人手が欲しい、危機的状況なのだと聞かされた。慢性的な人手不足だけれども決して人件費は上げようとしない、アルバイトを責任者の立場にしてやりがい搾取的だった以前のバイト先に似ていることにこのとき気づいた。両方とも大企業だからアルバイトの教育システムや労働環境が似ているのは今思えば当たり前だったのだが。
短期のポストで応募したのに、ここに入ったら今みたいに押し切られてやめさせてもらえなそうだな、自分も情が湧いてズルズルと付き合ってしまいそうだな、とそんなことまで考えた。

その場で採用されたが、「予想もしていなかったポストなので一日考えさせて下さい」と伝えて帰った。そう言えたのは自分の中で進歩だった。自分の思い違いで予想していたより通勤が大変そうだったのも気にかかった。最初は気合が入っているから大丈夫だが、だんだん疲れてきたらこの通勤時間が大きな負担になるであろうと予想出来た。いざ働くことが現実となると、現在の自分に合っていない、キャパを越えたところに応募してしまったのだと気づいた。続けることは難しそうだと思ったので申し訳ないが辞退させてもらった。

今までの私は仕事のことになるとどうしてもNOと言えなかった。NOと言ってはいけないと思っていた。だから無理やり責任者の立場にさせられたし、責任者になってしまったがゆえに人が足りなければ無理をしてシフトに入った。真面目に仕事をしたい気持ちはあるのだが、NOと言えないゆえに上司からの要求と自分のキャパとのギャップがどんどん大きくなり、最終的にしんどくなって潰れてしまった。

また自分の経歴に自信がなかったため、誰も雇ってくれないのではないか、必要としてくれないのではないか、という不安が強かった。その上まだ「体力に不安がある」「精神的に疲れた」などと弱いところを見せたら迷惑がられたり、使えない奴だと思われたりするのではないかと怖かった。

しかし今回は嫌な奴迷惑な奴と思われても良いから、NOと言おうと思った。面接を受けてみたら思っていたのと違った。危険な環境に自ら飛び込んで行くことはない。その上で自分の非は謝ろうと。家族や友人間では出来るようになっていたが、仕事の関係でそれが出来たのは初めてだった。面接官の方には余計な時間を使わせてしまい大変申し訳なかったが、自分の中では大きな良い出来事になった。仕事の条件がフェアなものか、今の自分に出来るものか、ようやく判断出来るようになり、違和感を感じたら離れられるまでに成長したのだと思った。これについてはカウンセラーも同意して喜んでくれた。

アルバイトである程度働き方は自由に選べるから、自分の状態をしっかり伝えること、しんどいときはしんどいと伝えること。いきなり潰れて消えてしまうよりも、日ごろからしっかりコミュニケーションを取っておくことが雇い主への思いやりになることなどを話し合った。上手な伝え方も習った。

辞退したあとも数件申し込んだが、仕事が決まるには至らなかった。辞退したことはポジティブに捉えられていたが、自分は本当に仕事を出来る状態まで回復しているだろうか、と不安になった。そしてそのままネガティブ思考に陥った。また仕事中うつ状態に逆戻りしたらどうしよう…前バイトしてたとき先が見えなくてつらかったな…短時間で働きつつ回復を待っていたら悪くなる一方だったな…等々。「こうなったらどうしよう」という不安は堂々巡りで不毛なのは分かっている。分かっていてもそれを抜けられないのが不調なときなのだ。
しかしそろそろそのネガティブも振り切れそうだ。不安を感じつつも一歩ずつ前に進んで行きたい。

家族

次に話したのは家族のことだった。私が今までカウンセリングで話してきたことはほとんど家族のことだから、今回も話しておきたかった。
最近父が、素人の女性がキックボクシングに挑戦するテレビ番組を見て泣いた、と話すのを聞いて「彼女に共感するなら、なぜ私のうつや人生のことは理解しようとしてくれないのだろう」と思った話をした。すべてを理解してほしいとは思わない。ただ私の心の中をもう少し知ろうとしてくれないだろうかと。私の話を遮らず、決めつけず、最後まで聞いて「あんたはそう思うんだね」「そうなんだね」と受け止めてくれたらどんなに良いだろう、と。
今まで散々関係を改善しようとトライして上手くいかなかった。もう諦めようと随分前から思っているが、まだ憧れはある。だってそれが叶えばこんなに孤独を感じなくて済むじゃないか。

しかしその思いを私は父に言わなかった。今の父に伝わると思えなかったし、伝わらなかったとき傷つくのが嫌だった。もう家族のことでエネルギーを使いたくなかった。
相反するようだがそのとき「理解されてたまるか」という気持ちもあった。これまで散々苦しめられてきたのに、心を開いてたまるか。自分の心の一番大事な部分を見せるものか、と。

家族に対して今私が抱く気持ちはドラマカルテットの名台詞の通りだ。
「愛してるけど、好きじゃない」
しっくりくるように言い換えるとこうだろうか。「大切に思うけど、好きじゃない。好きでいたくない。」以前だったら憎悪が100だった。今は大切に思うと認められる。けれど精神的にはまだ少し離れていたい。

カウンセラーの答えは「理解されたいのなら伝えるしかない」というものだった。こう言われることは分かっていたし、私自身答えは求めていなかった。ただ吐き出したかったのだ。カウンセラーはこうも言った。
「今聞いたことは家族関係の問題というより同居人としてのストレスの範疇だ。それが嫌なら離れるしかない。うつ状態のあなたを家に置いてくれる家族には感謝すべきだ。」
おや…?なんか嫌な答えだな、と思った。まあ嫌と感じるということは図星なのだろう、とそのときは思った。

改めて冷静に考えるとこの言葉は必要だったのだろうか。家族関係について大体の答えは出ているし、精神的自立も出来てきている。しかし全く何も感じなくなったわけではない。自分の望む関係でいられないことが悔しいし、諦めきれない気持ちが出てきてときどき迷ってしまう。それをただ吐き出したかっただけだった。「感謝すべき」という言葉が心理学のプロから発せられたのが、妙に引っかかった。

カミングアウト後・新しい関係

ブログ内でという形ではあるが、パンセクシャルだとカミングアウトして凄く楽になった。日に日に開放されていっている。
思えば学生のときから「自分が男子だったらこの子と付き合いたいのにな…」と考えることがあった。今の自分のままでもその子と付き合うことは可能かもしれないなんて、当時は考えもしなかった。友達から「あんたが男子と付き合うの想像出来ないな」と言われてムカついたこともあったし、母から唐突に「あんたがレズビアンでも受け入れるよ」と言われたこともあった。思えば周りの人の方が何かを感じ取っていたのかもな、と思う。まあそれらの発言は偶然かもしれないのだが。

自分の好きだった女性の芸能人も、今思うと明らかに恋愛的な憧れが入っていたと思う。エリオット・ペイジや「アメリカン・アイドルS9」のクリスタル、クリステン・スチュアート、SATCのミランダ。子どもの頃、モーニング娘のなっちとよっしーを好きだった時点からもう自分のゲイネスは現れていたじゃないですか…と気づいたときは笑ってしまった。たくさんヒントはあったのになぜ今まで気付かなかったのだろうと思った。

以前は自分が誰かとパートナーシップを築くなんて無理だと思っていた。けれど今はそれに対して希望を持てるくらいには成長した。そして実際に一歩を踏み出した。付き合うとかの関係はないけれど、新しい良い出会いがあった。今まで自分の心と散々向き合ってきたが、ようやく新しい関係に関心が向くまでの段階になったのだな、と思う。

カウンセラーにはカミングアウトして楽になったこと、今後の可能性に希望を持てるようになったことについて、大まかに話した。

セクシュアリティ診断

これはカウンセラーに話していないのだが、最近ネットでセクシュアリティ診断をしてみてなかなか面白かった。
まずシスジェンダーの女性であること。性的指向は「バイセクシャル」。自分自身パンとバイどちらにも当てはまるなと思っていた。定義的にはバイなのかもしれないが、自分でパンセクシャルの方がしっくりくるからそう言っているし、それで良いと思う。
また「デミセクシュアル」という性的指向もあることが分かった。「強い信頼関係が愛になる」「普段はあまり性的欲求を抱かず、相手のことを深く知ったときに初めて欲求を抱く」「身体的特徴に惹かれることがあまりない(身体のタイプ、このパーツが好きなどがない)」という特徴を読んでなるほどなと思った。合っている。

恋愛指向は「クォイロマンティック」との特徴があるらしい。「恋愛と友情の違いが判断出来ない・しない」「恋愛感情や性的魅力をその他のものと区別する必要性を感じない」と。100%その通りではないが確かにそういう節はあるのかもしれない。名前の付く関係・感情がすべてではないと思う。恋人の肩書きに固執したり、「恋人だから○○して当たり前」みたいな考えに振り回されるのは無益だと思う。愛と尊敬があれば、その関係にどんな名前が付くかはどうでも良いじゃないか、と。当てはまるとしたらそういうところだろうか。

性表現は「ノンバイナリー」これもまあまあ分かる。一時期体型に合うし人から褒められるからとワンピースやAラインのスカートを着ていたときがあった。好きと似合うは違うと諦めて好みでないコンサバっぽい服を着ていた。が、だんだん居心地の悪さを感じるようになった。そのときの気持ちをそのまま書くと「女っぽすぎる」「女装してるみたいだ」と思った。本当はパンツや、あまり女性性を感じさせない直線的な服が好きだ。「似合う」よりも「好き」や「心地良い」を追求するようになって、自然に今の性表現に落ち着いたように思う。

これらの診断結果を見て感じたのは安心だった。自分っておかしいのかな、普通じゃないのかな、と感じていたことが改めて肯定されたような気持ちになった。
自分は性的欲求や興味が薄い方だ。セックスを自分事として捉えた年齢も遅かった。なぜ自分は性に対してこんなに淡泊なのだろう、周りから遅れているのではないか、と気になっていた。しかしこの診断結果によるとそれらはおかしいことではなかった。ただそういうセクシュアリティだっただけ。性的欲求を抱くまでのハードルが他の人より少し高いだけだった。自分のそういった性質にもっと自信を持っても良いのだなと思った。

そう考えるとセックスフレンドやワンナイトが自分には起こり得ないこと、恋バナでよく聞かれる「好きなタイプ」も何もないこと(昔は「筋肉のある人が好き」「年上の方が良い」なんて言っていたが今は全然ピンと来ない)、フェチやドキっとする仕草みたいなものも思い浮かばないこと、も腑に落ちる。
今までの恋愛の迷走具合も当然だ。「恋とはこうでなくてはならない」みたいな思い込みが強かったし、それが全くもって自分に合っていなかった。なんだ、ただリラックスして、自分のままでいられる相手と一緒にいれば良かっただけじゃないか。

このままで良いんだ。こうやって日に日に開放されている。どんどん生きやすくなっている。

さよならカウンセラー

うつと共に生きてもう八年になるのだが、未だに対処法の正解が分からない。悪い状態が続くと特に不安になる。どれだけ検索してみても、早寝早起き、日光を浴びて軽い運動、栄養バランスに気を付けるetcそういった基礎的なことしか載っていない。それが出来ないときは出来るようになるまで屍のように横になっているしかない。

自分なりのルールや克服法はある。それでも不安になるのだ。これで本当に合ってるの?私休み過ぎてない?だってこんなに長い間克服出来ないのだから…。そういう話をした。
今までのカウンセラーたちにもコツのようなものはないか聞いてきたが、有力な答えは得られなかった。この日の私は不調が続き特に焦っていた。私の話はカウンセラーには「この対処で良いですか?合ってますか?」と承認を得たがっているように聞こえたらしい。私の話を遮って話し出したカウンセラーの口調は威圧的だった。内容も正直思い出したくもないくらい嫌だった。どうも話を誤解しているようだったので、訂正すると「あなたの話は“でも”や“だけど”が多いですね。相手の話を一旦受け止める“そうですね”が足りない。」と言われカチンと来た。それはあんたが決めつけて一方的に喋るからでしょうが。カウンセラーは誤解に気付いてからもそれを認めず、謝罪もなかった。その前から何となくこの日のセラピーに雑さを感じていた。家族の話のときの「感謝すべき」もそう。私の話をカウンセラーの望む結論に無理やり結び付けられているような気がした。

カウンセラーは40~50代くらいの男性だ。以前から信頼はしているけれど完璧ではない、と思っていた。前回のセラピーで子どもの頃受けた性被害のトラウマについて話したら「それはあなたにも別の対処法があったのではないか」と二次被害に遭わされた。たった5、6歳の子どもが大人の男に対して何が出来たと言うのだろう。Metooフェミニズムムーブメントに勇気を貰ったことについても話したら「女性たちは“社会に黙らされていた”と言うが自分の意志で黙っていただけだ。それをただ話し出したのがMetooだ。」と見当違いも甚だしいことを言っていて、がっかりした。今思えばこのときにこの人から離れるべきだった。

そんなにひどいことを言われてもまたセラピーに行ったのは、他の話題において信頼があったからだ。性被害については別のカウンセラーを雇っていつか話せば良いと思った。このカウンセラーとは二年半ほどの付き合いになる。アダルトチルドレンに特化した人で当時の私のニーズにぴったりだった。初回のセラピーでやった催眠療法がすごく良くて、新しい気付きがたくさんあった。うつの混乱期からここまで私の回復を手助けしてくれたのはこの人だ。アダルトチルドレンという問題の根本解決を促してくれ、それまでの重荷を降ろしたかのようにみるみる心は軽くなった。

この二年半で本当に自分はよく学び成長したと思う。健康的な人間関係についてセラピーで学んだがゆえ、皮肉なことにそれを教えてくれたカウンセラーとの関係を一旦ストップしなくてはと思うに至った。

セラピーが丁寧なときと雑なときとの波があること。セクシズムや性暴力、フェミニズム、LGBTQ+の権利に疎いこと。「アンガーマネジメント」や「マインドフルネス」の説明が適当でズレている。自分の気に入らない話になると途端に威圧的になり、クライアントの話を聞かずに一方的に諭そうとしてくる。「私ははっきり言うので」とクライアントを刺激するような直接的な物言いをする。

カウンセラーはクライアントの命を背負っていると思う。威圧的な態度や、直接的な否定の言葉は問題ではなかろうか。例えクライアントが間違った考え方に陥っていても、指摘の仕方ってものがあるのではないか。少し前に『Wanderlust』というドラマの、すごく慎重で穏やかなセラピーの雪解けシーンを観たので、余計今回のカウンセラーの威圧的な態度が気になった。私は傷ついたし、怒りも湧いた。誰にも話せないことをプロに話しに来ているのに、無下にされたダメージが大きかった。
とりあえず次はこの人のところには来ない、と思った。自分がセラピーに求めることや、セラピーで話したいことも変わってきているのだなと思った。

最後に

最後の方は感情的に書いてしまったかもしれない。分からない。この出来事で少し自信を失っている。
誰にも話せないことを話しに行っているカウンセラーにフラストレーションを感じたとなると、もう吐き出す場所がなかった。とりあえず次は女性の穏やかなセラピストを探そうと思う。また改めて冷静に考えてみたら考えも変わるということはあるかもしれない。ひとまず今回はここまで。

世界よ一つにならないで。NCTが体現する“共鳴”

NCT2020が本当に素晴らしい。最新のシングル‘RESONANCE’では、23人の様々なバックグラウンドを持つメンバーたちが「誰が何と言おうと、何をしようと、俺たちは共鳴する」「I'm about to raise the roof. 共鳴、その中のmoves」と歌う。この説得力たるや。

youtu.be

いきなりこれだけ見たらメンバー多すぎてなんのこっちゃ分からないと思いますが…

NCTは特殊なグループだ。よく多国籍多文化と紹介される通り、中国、香港、日本、タイ、マカオ、ドイツ、カナダ、アメリカなど韓国以外にルーツを持つメンバーが全体の半数近くを占める。海外にルーツを持つメンバーがいるグループは他にもあるが、NCTはそれが多数派だ。この多数派というのが大きい。韓国語が完璧でないのが当たり前で、言葉に詰まっても必ず誰かが助け舟を出す。「母国語で話しな」と言って後から別のメンバーがそのコメントを訳す場面を何度も見た。誰かが言葉を間違えても絶対に茶化したりせず、さらっと訂正する。母国語の違うメンバー同士で「これってなんて言うの?」と質問しお互い片言の英語で説明し合ったりする。
特にWayVという中国を拠点に活動するユニットは日頃から中国語と韓国語と英語をミックスして喋る。見ているだけで勉強になるし、これで良いんだな、と思う。訛りやアクセントを馬鹿にする風潮はどこにもあるが、もうそれは本当に馬鹿にする方が悪いのだとよく分かる。

近年多くの日本人がローカル思考になっていると言われている。私も数年前まで海外の価値観やメディアに触れる機会は少なかった。外国語を覚えようとか、海外に住もうなんて気もさらさら無かった。でもNCTがきっかけで英語を本気で勉強し始めた。日本語の、日本の価値観しかインプットしないことで、自分がどれだけ狭い世界に閉じこもっていたのかよく分かったからだ。

多様なのはバックグラウンドだけではない。NCTはメンバーが固定されておらず、毎年2,3人ずつ新メンバーが加入する。ひとつのグループでもデビューする時期が違うのだ。そのため新メンバーを先輩メンバーたちがサポートする場面も多く見られる。今年加入したのは将太郎とソンチャン。二人とも凄く魅力的だ。
中でも将太郎は練習生期間がたった三ヶ月だったという話も聞く。今年3月の時点ではTiktokで英雄のダンスを投稿するNCTのいちファンだった彼が、たった三ヶ月でNCTのメンバーになってしまったのだ。何年下積みしてもデビュー出来ない人もいるのに、これって本当にすごいことだ。それに見合う実力が彼にはあるし、この才能を見抜いて即デビューさせた事務所の判断も素晴らしい。NCTのことはほとんど知らなかったけれど、Make a Wishの将太郎にやられたという人も結構いる。これからが本当に楽しみだ。

yutu.be

グループ全体のパフォーマンス映像よりも再生回数が多いショウタロウのチッケム

普段は23人でなく7~9人のユニットに別れて活動しているのだがこの構造によってユニットを掛け持ちして忙しすぎるメンバー、反対にあまり活動させてもらえないメンバー、ユニットに入れず宙ぶらりんになるメンバーが生まれるなど問題もある。ユニット間の卒業や異動などでメンバーもファンダムも振り回されている感じは否めない。けれど今回NCT2020として全員が揃ったときのパワーたるや、これらの問題もチャラになるぐらい素晴らしかった。ああプロデューサーがやりたかったのはこういうことなんだな、というのがよく分かった。複雑なグループ構成だからこそ問題も生まれるが、その分柔軟に、他に誰もやっていない面白いことを見せてくれる。

エンパシーと共鳴

近年「世界を一つに」「国民一丸となって」などといった表現は、もう時代に即していないとされている。「一つになる」確かに美しい言葉だがそれを求め続けた結果がどうだろう。個性やマイノリティが無視される。集団のため個人が犠牲になる。「みんな違ってみんな良い」もそうだ。これをマジョリティが使うとき、マイノリティや弱者の視点でものを考えることを放棄している。だから少し前、どこかで「世界よ一つにならないで」という言葉を初めて目にしたとき、妙に納得した。そうだ、元から一つになんてなりようがないじゃないか、と。そもそも目指すべきではなかったのである。

そこで重要視されるようになった価値観がエンパシーである。相手の立場や気持ちを想像し、思いやる能力。本当に必要なのはお互いの違いを尊重すること。個人間での尊敬と愛情であると。

だからNCT2018のアルバムタイトルが“EMPATHY”だったのを知ってやられた!と思った。さすが!とも。このグループにぴったりのテーマではないか。そして今回二年振りに全メンバーが揃ったNCT2020のアルバムタイトルは“RESONANCE:共鳴”である。

NCTが一つのグループとして存在し、メンバーたちが信頼と友情を育み、お互いを大切にしているのを見るだけで、私はこのひどい世界に希望を見出せる。政治ではアジア各国の間で緊張が走っているし、すぐには埋められないような深い溝はある(特に日本はアジア各国に加害した歴史もある)が、個人間ではお互いを尊重し良い関係を築くことが出来る。エンパシーや共鳴の力を信じられるのだ。

ファンになったきっかけ

NCTを好きになったのは今年三月にNCT127の『Kick It 英雄』がリリースされたときだ。その前から噂は聞いていて、このカムバックを楽しみにしていた。
初めて興味を持ったのはドヨンの誕生日を祝うファンのツイートだった。とあるファンからの「夢を叶えるにはどうしたらいい?」という質問に対し
「多くの人は諦めずに努力すれば夢は叶うと言うじゃないですか。でも僕は少し違って、自分のペースで行きなさいと言ってあげたいです。」と答えたのだそうだ。こんなことを言う人がいるのか、と驚いたのを覚えている。Kpopアイドルは確かに憧れの尊敬出来る存在だけれど、みんな10代で成功したパフォーマンスのエリートで、もの凄い競争を勝ち抜いて来た人たちなので、こと夢に関するアドバイスは私たちの現実生活に即していない場合もある。けれどドヨンのこの言葉は心にすっと入ってきた。多くの人を受容する器の大きさと、達観した、洗練された考えを持つ人なんだな、と思った。他にもライブでファンのことを「皆さんは僕の友達です」と発言したのを知りすごく好きになった。「ファンは恋人」というのは私は好きではない。だって恋人じゃないし…(ごめん)ファンにもアイドルにとっても不健康だと思うから。友達というフラットな表現はすごく誠実だし、真実だと思った。

それからアルバムNeo Zoneのティーザーを観て何だかカッコいいぞ…となり、しばらくして「どうやらアルバム全曲にMVがあるらしい」との噂を聞いてwhat?! 狂ってる!これは観ておかなきゃ!という気になった。それからKick ItのMVを観て案の定ノックアウトされ、Neo Zoneのアルバム自体もすごく良くて、一気にファンになった。すぐにメンバー全員の顔と名前を憶えてしまった。顔を憶えるのに苦労しないグループは良いグループだと思う。

その後NCT DREAM、WayVと続けてカムバックしNCTの全体像を把握するに至った。その間にSuperMの活動もあり、NCTのエースメンバーたちのパフォーマンスをたくさん見ることが出来た。

MAMAでマークが言った通り、シズニにとって今年は忙しい一年になった。名盤Neo ZoneやSuperMのツアーが出来なかったのは残念でたまらないけれど、十分過ぎるほど楽しませてもらった。きっと激務だったであろうメンバーたちには感謝しかない。

…とNCTへの愛と感謝はひとまずここまで。この後溢れ出る推し愛に少しだけ付き合って頂きたい。

テン(WayV,SuperM)

もうテンしかいない…!と思うくらいには夢中になっている。もはやテンになりたい。彼のダンスは凄い。初めて観たのはスパエムのBeyond Liveでソロ曲をやったときだった。‘Dream in a Dream’と‘New Heroes’だ。プラチナブロンドの髪で、白いレースの服を着て踊るテンは夢みたいに綺麗だった。この映像が有料でしか観られないのが残念だ。これをYoutubeにあげたらもっとファンが増えるだろうに。


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Kpop界ですごいダンサーはたくさんいるけれど、私はテンが一番好きだ。癖が一切なくて流れるように動く。動きに特徴があったり、振りが大きかったり、遅取りをして目を引くタイプもいるけれど、私はこういうタイプが好みだ。テンは表情も自然で上手い。過度に演技染みたところが一切ない。センターに来たときの射貫くような目が良い。

youtu.be 

テンのキャラクターもすごく好きだ。Youtubeに“Ten being Ten for ten minutes”みたいな動画がたくさんあるので見てみてほしい。何事にも当たり障りのない発言が多い優等生揃いのアイドルたちの中で、テンはかなり自由だ。「学校ではルールを破らないといけません」と言って他のメンバーから怒られたりしている。vliveでの生配信中にJohn's banana?と平気でバナナジョークを言ったりする。
軽口がポンポン出てきて、他のメンバーをからかうのが上手い。同い年のドヨンやクンはよく標的になっている。かと言って決して意地悪なわけではなく、WayVでは弟メンバーたちから遠慮なくいじられたりしているので、それがテンの人との距離の縮め方というか、愛情の深め方なんだと思う。最近ではテンと同レベルで言い合える口達者なヤンヤンが登場し、二人の言い合いがすごく面白い。

インタビューではすごく良いことを言う。ファンからの恋愛相談に、恋愛マスターに任せろと腕まくりして臨み「あなたはあなたのままで美しいから変えようとしないでね」と答える。“Be you, be unipue, be crazy, you are beautiful.”と。どうやって告白するの?という質問には「超シンプルだよ!相手を呼んで“I love you, you like me?”イェスならデートしよう!でノーならバイバイ。残念、私を逃したねって。」*1
実際に出来るかどうかは別の話だが、こういうテンの自信に溢れたマインドが大好きだ。

オンラインサイン会でファンからLGBTファンダムへのメッセージを求められた際にもこう答えていた。

I want to be yourself. Love, we are the same, we are humans, so love yourself. Don't change yourself. Just be you. And that's enough. If you're happy with yourself, that's everything.

自分自身でいてね。僕たちは同じ人間だから。自分を愛して、自分を変えようとしないで。ただ自分自身でいるだけでOK。ただハッピーでいられる自分でいれば良いよ。

私から見るともっとテンは自分自身について話したがっているように見えるときがある。もう既に個性が際立っているテンちゃんだけれど、もっと居心地良く、自分らしくいられる環境になれば良いなと切に思う。

スパエムの動画で見たけれど、テンのロールモデルはリアーナなのだそうだ。イメージぴったり。そう、テンはただの優等生じゃない。自由でちょっと小悪魔みたいなところもある。そこが魅力的で好きだ。

テンのキャリアは独特だ。古くからNCTを知っている人の中にはテンが気の毒だと言う人もいる。2016年に『the 7th sense』でデビューしてから、テンはどこのユニットにも所属せずソロで活動していた。先ほど挙げた‘Dream in a Dream’や‘New Heroes’などをリリースしており、それらは素晴らしい曲なのだがやはりグループに所属するよりも露出は少なかったのではないだろうか。WayV結成の2019年までテンが何を考えていたのかは分からない。もちろん新しいユニットの中心メンバーになることは知らされていたのだと思うが、焦ったりもどかしさを感じることはなかったのだろうか。

でもファンとして言わせてもらえば、私はまず先にテンのソロが見られて良かった。グループで売れてからソロになる人はたくさんいる。一番ダンスが上手いテンが、誰かの陰に隠れることなく一曲丸々真ん中で踊り続ける姿を、キャリア初期からたくさん見せてもらえて幸せに思う。ダンスのコンペ番組で優勝したときのパフォーマンスも素晴らしかった。
(話が逸れるがそう考えるとBTSはその辺りの売り方めちゃくちゃ上手いんだなと思う。グループで売りながら必ずアルバムにはソロ曲があって、ソロアルバムまで出すメンバーがいるなんて…)

2020年のテンは本当に輝いていた。WayVでカムバ&リパケ、SuperMでカムバ(MV・活動3曲)、NCT2020では2曲でセンター。本当に6月以降まともに眠れた時間はあったのだろうか。心配だ。でもステージではまったく疲れた様子がなく、いつも集中し切っているのがすごい。

最後に

好きなメンバーは他にもドヨン、テヨン、マーク、ジャニ、ジョンウ、ジェミン、ヘンドリー、ルーカス…等々たくさんいる。(もはや全員好き。全員の魅力を話せる。)だが彼らについて書くのはまた今度にしたい。
本当はもっと徹底的に書きたかったのだがとにかく2020年のうちに、この熱が冷めないうちに、NCT2020についての記事をアップしたいと思った。NCT2020へ心から愛と感謝を。2021年の彼らも本当に楽しみだ。

書きかけの日記

10月9日(金)
・昨日久々に銀行に行った。少し預入れして残高を見てみるとなんと…月末のカードの支払いの分が足りないことが分かった。薄々分かっていたけれどその現実と向き合いたくなくて考えないようにしていた。心臓がバクバクして軽くパニック状態になってしまった。

私は国民年金も猶予の状態だし、車の保険料だって家族に払ってもらっている。フリーターだったとき父の扶養保険を越えた時のお金も父が払ってくれた。十分なお金を稼いだことがないことが、すごくコンプレックスだ。

10月16日(金)
・歯医者に行ったらセクハラを受けたり、怒りに震えながらそれについてのnoteを書いたり、ドラァグレースについてのnoteがたくさんいいねを貰ったり、色々あった一週間だった。

お金の問題はもう一つ口座があったことを思い出し、ひとまず安心。子どもの頃のお年玉貯金なので出来るだけ手を付けたくなかったのだが。しかしこのお金のおかげでしばらく休むことに専念できた。有効な使い方が出来て本当に良かったと思う。

そしてアルバイトの面接にも申し込んだ。ちょうど一週間後だ。不安だが今から心配しすぎてもしょうがない。

 10月25日(日)

・金曜日にバイトの面接に行った。前回面接に申し込んだのは一年半前。まだうつから十分に回復していないときで、面接当日いつもの朝のフラッシュバックに負け、キャンセルしてしまった。だから今回もすごく不安だった。

迎えた当日、余裕を持って出るつもりがついつい犬の散歩が長引いて遅くなってしまった。それでもまだ優に間に合うはずだった。しかし道中工事渋滞に巻き込まれ、30分で着くはずが一時間も掛かってしまった。面接に遅刻するという最悪の事態。冷や汗とドキドキが止まらなかった。もちろん事前に電話で謝りに謝った。担当の方は広い心で許して下さった。
出だしは最悪だったが結論、面接で私は絶好調だった。自慢じゃないが私は面接が得意だ。人前でスピーチしたりするのも。堂々とハキハキ話すのが得意だし、質問に対し簡潔に論理立てて答える瞬発力がある。分からないことは分からないと言えるから答えに詰まることはない。自分の賢さや特性をアピールする方法を知っている。自信過剰と思うかもしれないが、まあ他には武器がないので許してほしい。履歴書だけ見たら私はボロボロだ。

面接が得意にも関わらず、雇って貰えるかについては不安だった。だって二年もブランクがあるから。それ以前も七転八倒して来たことが明らかに分かる私の履歴書を見て不信感を抱き、心無いことを言う人がいるんじゃないかと怖くてたまらなかった。実際に看護大の奨学金の面接を受けたとき、面と向かって「あなたのような心の弱い人にこの仕事が出来るのか」と言われたこともある。19歳の子どもに対し、初対面で履歴書だけ読んでこの発言だ。未だに忘れない。他にも無知や偏見による様々な言葉の暴力を、私はまだ完全には乗り越えられていない。頭では相手が間違っていると分かっていても、傷つくことに変わりはない。

しかし今回の面接官は違った。私と同世代の男性二人(肩書は店長とその補佐)、柔らかい雰囲気で私は好感を持った。こんな若い人たちがお店を回していることもすごく良いと思った。
もちろんブランクのことも聞かれたが、体調を崩したと言ったらすんなりと理解してくれた。むしろ「私たちに出来ることや働く上での要望があったら言って欲しい。働きやすいよう対応するから。」とまで言って下さり、私は感動した。

今回受けたのは洋服屋さんの短期の倉庫管理のポストだったのだが、面接中にやっぱりあなたにはレジや接客をして欲しい、短期でなく長期で、契約社員のポストも準備出来る、とまで言われてびっくりした。その場で即採用だった。しかしあまりに話が飛躍してしまったので、受けるかどうか一日考えさせて欲しいと伝え、面接は終わった。

帰りの車の中で、私は嬉しくてたまらなかった。もう八年も、自分の経歴にコンプレックスを持ち続けてきた。この履歴書を見たら誰も私を雇わないだろうと思っていた。しかし退学三回、高卒認定、ブランク二年、職歴はアルバイトのみという経歴だけで私を判断せず、私の人間性を真っ直ぐに見て評価してくれた人がいることに感激した。この先も何度も面接を受けるだろうが、きっとこういう人は他にもいるはずだと思えることが、私にとっては本当に大きな転換点になった。
LizzoのJuiceという自己肯定ソングの歌詞が大好きなのだが、「私って最高。賢くて魅力溢れる人間だ。」とようやく私も心から自分に言ってあげられそうな気がする。Blame it on my juice~

 ・履歴書は初めてパソコンで打ち込んだものにした。手書きに人柄が出るから…なんて古い考えにファックの気持ちを込めて。改めて顔写真、性別、配偶者、年齢の欄はなくすべきだと思った。ご存知の方も多いと思うが、履歴書にそれらを記載することはアメリカでは違法だ。だって、ルックスや性別(そもそもある男性優位・結婚育休などで仕事に穴を空ける可能性の有無)や国籍・生い立ちで合否が決まるなんてちゃんちゃらおかしいから。合否はその人の能力だけで決めるべきだ。

11月24日(火)
・ここ二週間うつがカムバックしている。今回の波はデカいぞという感じ。最近なら多少無理をしても2、3日寝込めば回復することが多かったが今回は長い。面接を受けたり、前よりも頻繁に出かけるようになったので疲れがたまっていたのだと思う。

完全に昼夜逆転というか寝てばかりいる。今日は朝8~15時、17~21時という睡眠スケジュールで今に至る。SNSはこういうときやり過ぎるし、精神に良くないのでスマホからアンインストールした。YoutubeでKpopアイドルのバラエティーvlogを観たり、Netflixでもう何度も観たドラマを繰り返し観たりしている。フレンズやブルックリン99、ザグッドプレイス、プリーズ・ライク・ミーなど。こういうときはあまり感情を刺激しないものが観たい。何も考えずただ笑えるもの。もう結末を知ってるもの。

こういうとき音楽は聴けない。なぜなのだろう。特に知らない曲はダメだ。うるさく感じてすぐに消してしまう。ラジオもそう。本も集中力が続かないから読めない。料理や掃除なんてもってのほか。

何かの映像を観ていて辞めたくても辞められない。これもうつの症状なのだという。もう目が痛くて、眠いのに止めることが出来ない。眠る前の静寂に耐えられない。

でも何だかそれらにも飽きてきてしまった。ということは回復の兆しなのだろう。これを書いている時点で私はもう大丈夫だ。一日中横になっているので腰も痛い。

ハンナ・ギャズビーへ、心の底から愛を

近頃Netflixで『世界のコメディアンたち』というシリーズを観ている。30分ほどのスタンダップコメディがたくさん観られるシリーズだ。最近は女性のコメディアンにしか興味がないのでディアン・スミス、キャル・ウィルソン、メイ・マーティンのものを観た。どれも面白くて好きだった。
「最近は言っちゃいけないことが多すぎる、これじゃ仕事にならない」などと抜かしている、日本のおっさん芸人たちにこれらを見せてやりたい。もう笑いのネタにされてるのはあなたたちの方ですよ、と言ってやりたい。概念としての“straight white men”、価値観の古い男たち。ミソジニーホモフォビアレイシズム発言を悪びれもせず続ける人たち。もう笑われてるのはそっちの方だからな。

彼女たちのネタはフェミニズムの要素がふんだんに盛り込まれている。そして三人ともたまたま自分の心の病のことをネタに取り入れていた。うつや不安障害、依存症など。メンタルイルネスってもうここまで身近なものになっているのだなと思った。自身のメンタルについてみんながオープンに真実を語り始め、それをネタにしたコメディまで誕生しているというのは、時代の変化を感じて本当に嬉しい。

それらを観ていてやっぱりまた観たくなってしまった。ハンナ・ギャズビー。私が心から愛するコメディアンだ。彼女のショーに適うものはない。

出会い

初めてハンナ・ギャズビーを知ったのはNetflixで『ダグラス』が公開されたときだ。今年の5月辺りだったと思う。Netflixではご存知の通りアプリを開くと勝手におすすめの作品の予告が流れる。ある日たまたま私は『ダグラス』の予告を観た。この機能は中毒の元なので正直好きでははないのだが(あと勝手に次のエピソードが再生されるのも。5秒で次のエピソードに飛ぶのは早すぎる。)まあこのことだけはNetflixアルゴリズムに感謝しようと思う。

スタンダップコメディになじみはなかったが『ダグラス』の短い予告にはすごく惹かれた。気になってウォッチリストに入れてもいつまでも観ないものもある。しかし『ダグラス』はその場で再生させるだけの引力があった。私はこの人のことを絶対に好きになるはずだと思った。

『ダグラス』は彼女の自閉症スペクトラムについてと「家父長制を優しくからかおう」というのがテーマになっている。最高に知的な現代の笑い。これを観て案の定私は彼女が大好きになった。女性のコメディアンで、自虐もせず、いかなる差別もせず、むしろ家父長制や自身の自閉症をネタにして爆笑を取るなんて、感動さえ覚えた。間違いなく私が今まで観た中で一番面白いお笑いだった。(※ここからは内容に言及します。)

『ダグラス』の好きなところ。巧妙なテクニックを使い「私は自閉症」という告白で大爆笑を取るところ。私はこのショーで初めて反ワクチン運動のことを知った。「グリフィンドールのことは嫌いだから触れない。彼らはホグワーツの中の“straight white men”だから。ハーマイオニーはきっとターフ(トランス差別をするフェミニストのこと)だよ。」「テイラースウィフトは正しい。Haters gonna hate hate hate...hate hate hate...憎悪は繰り返す」「私と箱の中のペンギンの関係」「ドッグランでダグラス窩について話す」「私がcunt(女性器を表す侮蔑語)と言うとき思い浮かべるのはゴルフをするstraight white men。彼らが行くのは“カント”リークラブだし。」大学で美術史を学んだ彼女による“レクチャー”。「猫が脳卒中を」では分かっていても毎回笑ってしまう。「男だってホルモンに左右されてる。私だってイライラするときはあるけど、イライラしてドアを殴るのは男だけ。」

『ダグラス』を観るならルイス・C・Kという人について知っておいた方が良いだろう。アメリカの(たぶん)かなり権威あるコメディアンで、セクハラを告発され転落した。これを知ってから観るともっと楽しめるはずだ。

ショーの前半で彼女が「以前のショー『ナネット』は…」と言いかけたときに拍手と歓声が起こるのを観てそれが彼女の代表作なのだな、と思った。「あのショーでもうトラウマのエピソードは使い果たしてしまった。これ以上なにを望んでるの?」という言葉に、コメディにトラウマとはどういうことだ…?とさらに興味を惹かれた。数日後私は心して『ナネット』を再生した。

アンチコメディ、けれど最高のコメディ『ナネット』

これを観て涙が止まらなかった。すごいものを観てしまった、と思った。ここにも仲間がいた。壮絶な戦いを乗り越えて生き延び、自分の物語を語り、私たちに力を与えてくれる人が。『82年生まれキム・ジヨン』を読んだときと同じ衝撃だった。絶望の中に希望を見出せるような物語だった。

『ナネット』はただのコメディではない。ショーの途中彼女は「もうコメディを辞めようと思う」と言う。なぜそう思うに至ったのかがこのショーのテーマになっている。

印象に残っているのはこの言葉だ。

私は自虐ネタで有名になった。太った醜いレズビアンだと。でももう自虐はやりたくない。もう既に隅に追いやられている人が自虐をするってどういうことだと思う?それは謙遜じゃない。屈辱だ。自分をけなしでもしないと喋らせてもらえないなんて…。だからもう自虐は辞める。自分のためにも、私に共感し応援してくれる人たちのためにも。

彼女の昔のネタを観てみると、たしかにもの凄くキツいfat ugly dykeジョークのオンパレードでびっくりした。日本の芸人でもやらないようなやつ。「土曜の夜男子刑務所にいっても誰も私とヤリたがらない」とか。これで笑う方もどうかと思った。こういったネタをしていた時期があっての今の彼女だと思うと胸が熱くなる。

彼女は今まで母に対するカミングアウトのことを鉄板ネタにして来たのだと言う。動転した母のホモフォビア的な反応。それで笑いを取ってきた。
「コメディはオチで終わらせないといけない。この話の場合、一番良い部分はその後の母との関係。親子という関係を越えて信頼し合ってる。」と彼女は言う。

物語には三つの要素がある。始まり、展開、結末。ジョークには二つしかない。始まりと展開。
カミングアウトをネタにすることで、人生を大きく変えた経験をつらい思い出のまま蓋をしてしまった。そのネタを何度も繰り返すうち、ジョークの内容が実際の記憶と混じっていった。でもそのジョークでは力が足りなくて、実際に私の受けた心の痛みを癒せない。オチはトラウマを生む。なぜならオチにはトラウマを煽る緊張が必要だから。(中略)話の一部に固執しては学べない。私は正しく話を伝えなければ。

彼女の生まれ育ったタスマニアでは1997年まで同性愛は違法だったという。ハンナは1978年生まれなので彼女が20歳前後になるまでそんな状態だったことになる。自分を育ててくれる大人たちの70%が、同性愛は違法で同性愛者は人間以下の蔑むべき存在だと信じる環境に彼女はいた。自身がゲイだと気づいたときにはすでに手遅れだったという。もう彼女の中に同性愛嫌悪が根付いてしまっていた。彼女は自分を憎み、自分のセクシュアリティを恥じた。なんて心が痛む話だろう。

私が一番好きなのはショーの後半で発せられるこの言葉だ。

壊れた自分を立て直した女ほど強い者はない 

 その前から泣いていたのだがここでもうあふれ出てしまった。本当にその通りだと思った。私も壊れた自分を立て直している最中だから。

ピカソの話も印象的だ。ピカソはもちろん偉大な芸術家だ。けれど彼は未成年と関係を持った。17歳のマリー・テレーズ・ウォルターと。当時ピカソは42歳でキャリアの絶頂期。彼はマリーとの関係についてこう言ったという。「この関係は完璧だ。彼女も私も今が一番良いときだ。」これを17歳のときに知ったハンナはゾッとしたという。42歳と17歳が関係を持つこと。そして「私って今が一番良いときなの…?」と。

これは私もすごくよく分かる。女性の性的魅力は若いときだけだと決めつけられているように感じる。バイト先では年上の同僚や馴染みのお客さんによく言われた。「あなたは若くて良いねえ」「今が一番良いときだよ」「もっと遊びなさい、もっと若い子らしくキャピキャピしなさい、落ち着きすぎてる」「年を取ると出来ないことや着れない服があるから、今のうちだよ」

私もゾッとした。ハンナと全く同じように「私って今が一番良いときなの…?」と思った。当時私は深刻なうつ病で、自分が大嫌いで、将来は真っ暗だった。なのに今が一番良いだって?誉め言葉のはずなのに、自分の若さに言及されるたびに私は傷ついていた。

いい加減若さ信仰を辞めてほしい。否定的な意味で使われる「アラサー」や「もうおばさんだから…」が大嫌いだ。年を重ねるのは良いことだ。年齢はただの数字だ。年齢を理由に諦めなければならないことなんてない。

ピカソはさらに女性蔑視的な発言も多かったという。「別れた女は過去ごと破壊してしまえ」など。
ハンナのこの指摘にはハッとした。

ピカソは傲慢だった。自分はすべての視点を代弁出来ると過信した。そして私たちは17歳の少女の視点をないものとした。彼女の可能性はピカソに匹敵するはずがないと決めつけた。

 それで私の好きなこの言葉が出る。

17歳が女の人生のピークだなんて、そんなわけがない。私は今がピークだよ。強さを試してみせようか?でも試させてなんてやらない。だってみんな知ってるはずだから。

壊れた自分を立て直した女ほど強い者はない。 

 彼女はショーの後半で、これまでの自身の鉄板ジョークに隠された真実を話す。オチのその続きの話を。「人と違うから」「女らしくないから」というだけの理由で受けた暴力。暴力を受けたあと、植え付けられた同性愛嫌悪・自己嫌悪によって誰にも助けを求められなかった話を。レイプの被害に遭ったことも公表する。そのときの彼女の魂の叫びのような話ぶりには本当に心を揺さぶられる。「なぜこんなことが許されるの?なぜ私をこんな目に遭わせて平気なの?」

自分らしくいるだけで、人と違う恰好をしているだけで、他人から罵倒されたり暴力を受けたりする可能性があるとはなんて恐ろしいんだろう。どれだけ傷付くだろう。毎日が緊張、恐れ、葛藤の連続だろう。

彼女は自分はもう被害者ではないと話す。同情はいらない、と。ただ自分の物語を聞いて考えてほしいのだと。
近年エンパシーの重要さが叫ばれているけれどその通りだと思う。私たちは知らなくてはならない。様々な形で存在する社会の歪み、構造的な差別を。そのためにはより多くの人の物語が必要だ。物語を知ってその人の気持ちを想像してみること。相手の経験を尊重すること。これこそが多様性を受け入れるための鍵なのだ。

ハンナ・ギャズビーの物語は多くの人の心を動かした。突き刺さるような、残酷なまでの真実だった。語り手としての彼女の技術も素晴らしかった。『ダグラス』のときとは違い終始張り詰めた様子で、ときどき自分の胸に手を置きながら、自分を励まし、気持ちを落ち着かせながら話しているように見えたのが印象的だった。彼女はこんなにつらい話をするのに最後まで涙を流さなかった。でも大喝采の中、舞台を降りるため後ろを振り向いたときにそっと目元を拭っているように見えた。その後ろ姿が彼女のこれまでの闘いや、とうとうこれらについて語った達成感、勇気、恐れ…色々なことを物語っているような気がして、本当に胸に来た。

ひとりでも多くの人に『ナネット』を観てほしい。ここから何かを感じ取って、他人を尊重し理解するきっかけになったら良い。このコメディショーにはそれだけの素晴らしい力がある。

異色のドラマ『Please Like Me』

時系列としてはPlease Like Me(2013~2016)、ナネット(2018)、ダグラス(2020)の順番でリリースされている。『Please Like Me』はコメディアンのジョシュ・トーマスによる彼の半自伝的テレビシリーズだ。同性愛が違法だった歴史を持つオーストラリアで、オープンリーゲイの当時26歳のジョシュが主役・制作を務め、自分や仲間の物語を自らの視点でリアルに描くというのは、目覚ましいスピードで社会が変化しているのだなと思う。少なくとも日本にはまだこういうドラマがない。
このドラマでもうひとつの新しい点は、心の病がすごく身近なものとして扱われているところだ。しかも描き方が暗くないし、大げさじゃない。心の病を持った人が、得体の知れない病んだモンスターとしてでなく、ちゃんとひとりの普通の人間として描かれている。

物語はジョシュの母親が躁うつ病の症状により自殺未遂をするところから始まる。これはジョシュの実体験なのだそうだ。ハンナはそんな母親が病院に入院した際の、同じ病院の入院患者としてシーズン2から登場する。役名も「ハンナ」でほとんど本人役といった感じだ。

ドラマでの彼女も本当に素晴らしかった。以下ハンナの好きなセリフを抜粋する。

(どうして精神科に入院したのかを聞かれて)
スーパーでツナ缶を選べなかったから。種類があり過ぎるの。水煮、油漬け、無添加、チャンク状、サンドイッチ用、マヨネーズ入り、イルカのマーク…。選べなくて泣いた。(S2‐3)  

 元気になりたくて薬を飲んでるのに、感情がなくなって空っぽになる。(中略)普通に生活するため服薬をやめられないの。それがつらい。早くまた感情を無くしたい。(S3‐2)

 彼女が自傷するシーンもあった。なにか大きなショックとなる出来事があったのでなく、フリーダイヤルに電話して長時間待たされるといったちょっとしたストレスを受けたときに自傷をしてしまうのがすごくリアルで、心痛むシーンだった。

退院したハンナとジョシュの母は一緒に住むことになる。まだまだ回復途中の二人は、家の片付けをすることが出来ない。皿洗いをせずとうとう使えるお皿が無くなって、デカいピッチャーみたいなもので紅茶を飲んでいるシーンは笑ってしまった。まさにうつあるあるだなと思った。私も鍋から直接ラーメンを食べたり、調理しなくて済む食材を深夜に手当たり次第に食べたりしていた。いざお客さんが来るとなって片付け始めても、二人はどうでも良い事に気を囚われ片付けは遅々として進まない。これもすごくよく分かった。
「こんなに簡単なことも出来ないなんて…」と自分を責めてしまいがちだった私はこういう何気ないシーンにすごく救われた。絶妙にコミカルなタッチでクスッと笑わせてくれて、自分の不甲斐なさも一緒に笑い飛ばせたような気がした。

S4E2ではハンナの誕生日祝いにジョシュや仲間たちと5人でキャンプに出掛ける。この回ではハンナの自閉症スペクトラムの特性が描かれる。

サプライズで誕生日を祝おうと急に木陰から飛び出して大声を上げた仲間たちに対し、ハンナはびっくりして手に持っていた缶を投げつけてしまう。それがアーノルドに当たり、流血。場は盛り下がる。みんながアーノルドの手当てをする中少し離れた場所に立ってハンナが言う。
「不意打ち攻撃のお祝いを私が喜ぶと思った?私はひとりでいるのが好きなの。大勢に驚かされても私が面白がるわけないのに。」
そしてみんなからスルーされるハンナ。

夜花火をするシーンではみんながジョシュとアーノルドのカップルの亀裂を知り、上の空になる。ハンナはみんながなぜ上の空になっているのか分からず、怪訝な顔をする。

彼女が自閉症スぺクトラムや過去のトラウマを公表したのはもう少し後のことだが、このドラマの時点からすでにそれらをオープンにして役に取り入れていたのだなと思う。スタンドアップをやるときのハンナは研ぎ澄まされて活き活きとした表情をしているが、このドラマではうつ病に苦しみ、真顔かしかめっ面が多い。パーティーでは会話に入らず、一人で外をウロウロする。「一人で家にいるのが好きなの」といつも言う。どちらの姿も本当の彼女なのだなと思った。Please Like Meのハンナも私に多くの勇気を与えてくれた。

最後に

誰もに「この人がいる世界なら悪くないな」と心の支えにしている人がいると思う。私にとってハンナ・ギャズビーはそんな存在だ。落ち込んで、自分以外のすべての人が輝いて疎ましく思えるときも、彼女は心の中でそばにいてくれる。自分は一人じゃないと思わせてくれる。
これからも彼女のファンとしてその活動を応援していきたいし、彼女の作品の素晴らしさをより多くの人に伝えられたらと思う。

『Love is Blind』で人生勉強

Netflixの恋愛リアリティ番組『Love is Blind』を観た。今までこういうリアリティショーは好きではなかったのだが、『Indian Matchmaking』というインドのお見合い事情を追った番組にハマってから少しずつ他のものも観るようになった。少し前は『Dating Around S2』(邦題:5ファーストデート)の最高にスウィートなレズビアンカップル、ディバとマリアに夢中になった。

私が今まで知っていた恋愛リアリティショーといえば、やはり『あいのり』や『テラスハウス』。喧嘩や浮気といったドラマが多いイメージで、正直好みではなかった。未熟な若者同士が傷つけあう、みたいな。でも最近のものは違う。わざとらしいドラマはあまりないものもある。私も大人になって恋愛や関係のジレンマがより身近になった。まさに「人の振り見て我が振り直せ」。観ていてこんなに勉強になるとは思わなかった。

『Love is Blind』はかなり実験的な番組だ。出演者は結婚願望を持つ男女15人ずつ。それぞれデートをするのだが、デートは壁を隔てた“ポッド”と呼ばれる場所で、互いの顔を見ない状態で行う。相性が良ければ会話のみのデートを重ねる。どちらかがプロポーズし婚約が成立するまで絶対にお互いの顔を見ることは出来ない。相手を選ぶ期間は10日間。タイトル通り、愛は盲目なのか?心の繋がりさえあれば相手の外見は関係ないのか?を検証する。

たしかにクレイジーではあるが観る前からまあ成立するだろうな、と思った。実際壁があることで話しやすいのだそうで、出演者は皆かなり早い段階から相手に心を開き、自分のトラウマや不安・弱みを話していた。関係を構築するのがすごくスムーズに見えた。何せ会話だけで結婚したい相手を見極めなくてはならない。短期間だし上辺だけの会話は不要。みんな直球勝負だ。また合わない人とは負担なくさよなら出来るのも良い点だ。

しかしてっきり「顔を合わせないデートが成立するのか」だけを追う番組だと思っていたら、実は違った。この番組のメインは婚約した後だ。デートの部分は11話中のたった2話分。これには驚いた。婚約したカップルは対面したあと、メキシコでのバケーション、帰国して同棲、家族や友人に紹介、約一か月後に結婚式という超ハードスケジュールが組まれている。お互いだけに集中出来る特殊な環境で、精神的に深く繋がった相手と、実生活でどう関係が変化していくのか、お互いをもっと知る段階で起きるトラブルにどう対処するかを追う。出会いから結婚式まで約二か月。かなり無理がある日程だ。そりゃドラマも起きるわ…。

この実生活の部分がかなり酷だ。リアルだ。「ネトフリで一番のホラー」と誰かがツイッターで言っていたが私もそう思う。『カルテット』の真紀さん夫婦の回(超残酷だった…)を思い出したが、こちらはリアリティショーで半分現実だ。もっとヒリヒリする。

とにかくこの番組について話したくてたまらない。結末に触れるので未見の方はUターンを。日本語で書くのでまあ出演者たち本人の目に入ることはないと思うが、それでも出演者の人格否定・批判はしないよう気を付ける。この番組で良いと思った点と失敗から学んだ点を書きたいと思う。

大好きな『ザ・グッド・プレイス』というドラマで、死後バッドプレイス(地獄)送りになる人の条件として「アメリカのテレビ番組“バチェラー”やその関連番組に出演しましたか?またSNSで出演者の恋愛模様についてアツく語ったことはありますか?」(YESなら悪い人という判定。地獄行き。)というジョークがあった。私もバッドプレイス行きになるかもしれないが、恋愛リアリティショーについてアツく語らせて貰うことにする。

はじめに

 恋愛はハードだ。恋愛以前の最重要事項として、私がいつも心に置いている言葉たちがある。
"If you can't love yourself, how in the hell you gonna love somebody else?"「自分を愛せない人がどうやって誰かを愛せるっていうの?」(ル・ポール)
「自分一人でも生きられる自信がついたから、誰かと一緒にいられるようになった」(壇蜜

孤独や喪失感を誰かに埋めてもらおうとするとそれは依存になり、健康的な関係ではなくなる。過去のトラウマなどから”助かる”のも自分の力次第だ。”助けてもらう”ことを期待してはいけない。私は恋愛に対して「自分が完璧になれば、いつか自分にとって完璧な人が現れて、何もかも上手く行く」と幻想を抱いていた時期もある。

私が過去の失敗から学んだこと、それは、どんな関係にも努力が必要だ。冷静に話し合える能力が必要だ。自分の弱さを認識し、相手にそれを打ち明けられる強さ。信頼関係を築くこと。相手との適切な境界線を定める力。必要な助けを求める力も。まだまだあるが、真剣な関係を作ろうとするならまず精神的にある程度自立しなければならないと思う。「結婚して成長しよう」「足りないものを補おう」ではなく、まず自分がひとりで立っていられること、相手と対等に横に並んで歩いていけるような状態になっていることが、真剣な交際への最低条件だと思うのだ。

番組を観ていても年齢に関わらず、この人はまだ真剣な交際をする準備が出来ていないのだな、と思うことが何回かあった。それが悪いということでは決してない。誰しも課題はあるし、成長するスピードはそれぞれで良い。生まれ持った性格もある。私も偉そうにこんなことを書いているが、頭では分かっていても実践出来ないことが多々ある。

この番組は真剣な関係を築くことがいかにエネルギーを使うかを酷なまでに見せる。何か問題が発生したとき、意見が食い違ったとき、どんな対処をするかにその人の成熟度が出る。感情的な口論になるのか、冷静な話し合いが出来るのか。
この番組は、真剣な関係に踏み出す前や関係に行き詰ったとき、相手がどうこうでなくまずそれに値する段階まで自分が成熟しているかどうか、視聴者に一旦止まって考えさせる力があると思う。恋愛の大変な面も見せるので観ていてしんどいこともあるが、その分すごく勉強になった。

さあここからはそれぞれの出演者の話をしたい。

ローレン&キャメロン

言うまでもなく一番のドリームカップルでしょう。誰もが夢見る関係。ローレンのインスタグラムのフォロワーが約245万人いるのも納得だ。フォロワーの中には国会議員のAOCドラァグクイーンのシェイ・クーレーもいて、彼女らのファンでもある私はふふっとしてしまった。

ローレン…。私もローレンに恋してしまった。と言うより彼女に恋しない人なんているんだろうか。彼女は明るくて、面白くて、クリエイティブで、賢い。優しい声でリズミカルに話す。繊細な面もある。そしてめちゃくちゃ綺麗。
キャメロンももちろん素敵な人だ。繊細で温厚、おっとり。落ち着いてゆっくり話す。ローレンに夢中なところも可愛らしい。でもローレンに夢中にならない人なんていないから…(二回目)初登場のカメラに向かっての自己紹介で「よく科学者っぽくないねと言われるんだ。でも科学者っぽい見た目って何なんだろう。」と言っていて少し興味を引かれた。

二人は初回のデートからすごく波長が合った。2回目のデートの時点で「君と一番強い繋がりを感じてる。」「私も」と伝え合う。早いし、伝え方もストレートだ。それから二人は家族をいかに大切に思っているかという話になり、一緒に泣くのだ。もうそこで二人はお互いしかいないと確信する。たった2回のデートで。
3回目のデートではもう最初から「君の声が聞けてよかった」「あなたのことばっかり話してるよ」なんて言い合う。会話の流れで自然にローレンが言う。"Cameron, I think I love you." これには思わずワーオと言ってしまった。私はアメリカのドラマや映画をよく見るから、初めて伝えるときのI love youがどれだけの重みを持つか知っている。日本の「付き合って下さい」よりも重い気がする。相手が同じ言葉を返してくれなければそこで気まずくなって終わりになることもある。ローレンの告白は3回目のデートだし、お互い顔は知らないし、常識的に考えればクレイジーなのかもしれない。でも全然おかしくなかった。すごく自然で、この二人には当たり前の言葉のように思えた。キャメロンも即座に"I love you."と返す。キャメロンが言う。「もし結婚したら僕には二度目はない。二人で幸せになろう。」そして4回目のデートで二人は婚約する。

本当にずっと観ていたいくらい美しい瞬間だ。完璧だ。障壁となるものが一切ない。(物理的な壁はあるけど)会話の呼吸も、大切にしている価値観もぴったり。スーッと流れるように婚約まで辿り着いた。

婚約祝いのバケーション、メキシコで初めて一緒に過ごすときのキャメロンの緊張ぶりと言ったら、観ているこっちまでドキドキしてしまった。翌日の彼の「夢から夢へ目覚めるみたい」「今まではそんなに幸せじゃなかった。たぶん君がいなかったから。」という言葉には私の中のミランダ・ホッブスがewww!と言ってしまったが。(ひねくれててごめん、たぶん多くの人の胸キュンポイントだったと思う)まあ私に言ったんじゃないしね。NOジャッジメント NOジャッジメント…。

ローレンのお父さんのキャメロンへの圧迫面接はヒヤヒヤした。ローレンもお父さんのことを怖がってるみたいだった。
ローレンは結婚式直前、マリッジブルーのような感情に襲われる。結婚により自由がなくなってしまうのではないかと怖くなる。両親の離婚がフラッシュバックして不安になる。彼女がそう感じるのはすごく理解出来た。そして彼女を深く愛しているキャメロンは、彼女に迷いがあること、彼女が自分と同じ気持ちでないことに苦しむ。その苦しみもすごくよく分かる。

いやあ結婚ってハードだな……。マリッジブルーは婚約者を愛していないから起こるのではない。自分自身の変化が不安なのだ。少なくともこの場合私にはそう見えた。そして不安がっている婚約者を見るのもつらいことだろう。自分を愛していないわけじゃないと分かっていても、自分を責めてしまうかもしれない。こういった感情を婚約者にどこまでオープンにすべきなのだろう。隠すのも良くないが、正直に話し過ぎたら傷つける可能性もある。いつもこの結論になるのだがともかくセラピストが必要だ。

ともあれ二人はめでたく結婚する。ローレンも不安に打ち勝った。「彼より素敵な人は他にいないから」と。
子どもの頃はこういうカップルに憧れていた。最初から息ぴったり。彼は彼女を深く愛し…みたいな。ただしこういう関係は稀だ。関係の正解はこれしかない、と思ってしまうのは私にとって危険だ。それが分かるくらいには大人になった。しかしこういう夢みたいなカップルが存在するんだな、ということは覚えておきたい。私の中のミランダ・ホッブスが大きくなり過ぎたときのために。

ふたりのYoutubeチャンネルに「キャメロンのクローンを作って!」「キャメロン、兄弟はいるの?」というコメントが殺到していて笑ってしまった。でも私から見れば、キャメロンがここまで魅力的なのは彼がローレンに夢中だからで、彼をそうさせたのはローレンだよ、と思う。だから…ローレンのクローンを作って!(笑)

youtu.be

ケリー&ケニー

初めから安定し過ぎていてスクリーンタイムが非常に少ないカップルだ。テレビ的には面白みがないのだろう。ところがどっこい、最後にどんでん返しが起きる。ケリーが結婚を断るのだ。

私はケニーが男性陣の中で一番素敵だと思っていた。すごく理性的な人だ。セックスを拒む彼女との話し合いの仕方が素晴らしい。彼女の話をきちんと最後まで聞き、彼女の気持ちを尊重する。そして自分の考えもしっかり伝える。
家族同士の対面も順調そのものだった。両家愛情に溢れた両親で「いいわねえ家族に恵まれた人は。そのまますんなり自分も愛情に溢れた家族を作っていけるのね…こちとら血を吐く思いで…」などと嫉妬心が湧くほどだった。

たしかに不安な要素がまったくないわけではなかった。ケリーは「今までルックスで相手を選んでいた。彼は今までだったら選ばないようなタイプ。」と言っていたし、ケリーの友人も「ケリーは男性を見る目がなかった」と冗談交じりに言っていた。それにケリーは断固としてセックスを拒み続けた。「今心の繋がりがあって私たち相性は良いから、セックスと混ぜたくない」と。過去の経験から来る不安も話していた。たしかにセックスがすべてではないし、明確な理由があるならば尚更…と思っていたが、今思えばそれも関係があったのだろうか。

ケリーが本当のところ何を考えて結婚を断ったのかは分からない。式の直前のインタビューでは「彼とは安定し過ぎている。過去の関係では母などに“相手に夢中になり過ぎている”と指摘されたものだった。でも恋ってそういうものだと思う。他の事はどうでも良くなってしまうもの。でも彼とはそれがない…」
お姉さんにも「彼が自分を愛してくれるほど、自分が彼を愛せているか分からない」と言っていた。

またSATCの話になるがキャリーとエイダンを思い出してしまった。私を含め視聴者はみななぜエイダンを選ばないんだ!と怒る。キャリーもエイダンとの安定しきった関係に退屈してしまう。彼と一緒にいれば幸せになれることは分かっている。けれど物足りない。結局キャリーは刺激を求め、ビッグとの不安定で危険な関係に戻る。

ケリーの決断にも、なに言ってんだ!!ケニーは完璧じゃないか!!!と思ってしまうが、結局は彼女自身が納得出来るかが一番だ。安定した幸せを選ぶのか、危険だけれど刺激的な関係を求めるのか。B99のホルト署長の言葉を引用すると「自分の理想を追い求めることは決して悪いことではない。」そこは私たちがジャッジすることじゃない。

結婚を断られたあとのケニーの対応がこれまた素晴らしかった。彼女が会場を去ったあと一人残って来場者に話し始める。
「ご覧の通り残念な結果になったのであまりくどくどと掘り下げたくはありませんが、これはすごく複雑で、確かで、リアルなことです。ただ今日は“僕たちの日”ではなかった。でもここにいる人たちみんなを愛してます。皆さんをずっと大切にし感謝し続けます。」
きっとすごく傷ついて混乱しているだろうに、彼女を責めたりせず、ここまで冷静に来場者を思いやったスピーチが出来る人ってそうそういない。それを聞きながらケリーの母親が小声で「彼最高ね」と囁いていたのが印象的だった。

しかしその後のインタビューでは明らかに怒っているのを見て安心した。ケニーも人間だ。こんなトラウマとなるような出来事のあとなのだから、負の感情は表して当然だ。

結婚式から約一年半後のリユニオンではケニーは新しい愛を見つけたと話していた。この経験のおかげで今の最高の彼女に出会えた、と。つくづく素晴らしい人だなと思う。本当に彼は愛に値する。

ジャンニーナ&デミアン

この二人は売り言葉に買い言葉のようなケンカを繰り返してきた。ジャンニーナは本人も自覚しているが精神的に少し不安定なところがあり、急に彼を問い詰めたり、ケンカになると感情的になって大声で怒鳴ったりする。そうするとデミアンも一緒になってやりあってしまう。この二人は結婚まで辿り着けないだろうな…と途中から思っていた。

断るならジャンニーナの方だと思っていたがなんとジャンニーナがYES、デミアンがNOという結末になる。「君を愛しているけれど、君はまだ結婚の準備が出来ていない。」と。その通りだと思った。

まあこの番組のスケジュールに無理があるのだ。結婚式をこんなに早く挙げさせる必要があるのか疑問に思ってしまう。そして家族や友人も呼んだ結婚式の場で最終決定をさせるなんて、すごく酷だ。

デミアンの決断はすごく尊敬する。「一生の疑念を持たないようにするため一瞬の幸せに背を向けた」と。怒り狂う彼女に向かってこのときは落ち着いて話していた。君を傷つけてごめんと誠意をもって謝っているように見えた。

ツイッターではデミアンを否定している人もいて驚いた。「彼女のせいにし過ぎている」「彼女をコントロールしようとしている」など。

リユニオンで、二人はその後復縁しまだ結婚はしていないものの今は普通にデートする関係だと話していた。自分たちのペースで関係を続けていてすごく素敵だと思う。

一旦…

書き始めたときは夢中だったのだがだんだん気持ちがしぼんできてしまった。残りのジェシカ&マークはジェシカがヴィラン扱いされていて気の毒だ。アンバー&バーネットは個人的に好きなカップルだ。遊び人で優柔不断なバーネットに対し強気でぶつかっていくアンバーが好きだ。バーネットを巡るドラマに対しても色々考えはある。続きはまた気が向いたときに…。

 

また限界ファミリーイシュー

私が家族について書くときは、ストレスレベルがかなり限界に近いときだ。今日もまた「もう無理!!!」という気持ちになった。白黒思考は良くないが、もうこの人たちと一緒にいられない、と思うことが2,3か月に一回ある。

一昨日五ヶ月ぶりに妹が家に帰ってきた。妹と私は訳あって四ヶ月ぐらい口を聞いていない。妹が返ってくる日、母から会話の流れで「挨拶ぐらいはすれば。人間なんだから。」と言われた。それくらいは私もするつもりだ、と返したが微妙な気持ちになった。「人間なんだから」か。母特有の嫌味だ。思えばこの時点から不穏だった。

一昨日深夜に帰ってきたとき私はもう寝ていて顔を合せなかった。翌朝、顔を合わせたが妹は目も合わせたくないような感じだった。だから私も何も言葉を掛けなかった。そのまま昼間は別行動。父母と妹の三人で出かけて夕飯まで食べてきたので実質一緒にいた時間はゼロだった。今朝早く私が寝ている間に妹は帰った。

今回のことで、まだお互い時間が必要なのだと思った。私もまだ彼女と話したくない。ケンカになった際、自分が悪いと思ったことは謝った。これ以上謝ることはない。
お互い譲れないのだ。決定的な意見の相違だ。本当に正直なことを言うと、私は今は家族の円滑な関係を保つことよりも、自分の方が大事なのだ。家族のために我慢するのではなく、嫌なことは嫌だと言いたい。間違ってることは間違っていると言いたい。私を暗黙の了解や怒りでコントロールしようとする家族からは距離を置きたい。

とはいえ母が私たちの仲を心配していると思ったので、気を使わせて悪いという気持ちから、「今回は会話をしなかったけど、まだお互い時間が必要なんだと思う。ただ見守っていてほしい。心配かけてごめん。」と言った。それに物心ついたときから私たち家族は、父と祖父が口を聞かないことに関して、父が祖父を憎んでいることについて、暗黙の了解で触れてはいけないことになっていた。それがずっと気持ち悪かった。だから私は自分と家族の不仲がたしかに存在すると認めたかった。認めた上で、謝っておきたかった。

母は「心配してるわけじゃないけど…」と話し始めた。私を責める内容だった。また妹だけでなく、今私が父とも上手く行っていないことも責めた。なんだかもうそれでブチっという感じだった。もちろん感情的に言い返したりはしていない。ただとことん嫌になってしまった。母は私の話をいつも遮る。聞かない。理解しようとせず、私を自分の意見で言いくるめようとする。そしていつも否定する。「そうじゃなくて…」から会話を始める。

分からない。たしかに母には負担を掛けている。それは申し訳なく思う。けれど母に責められる筋合いもない気がする。責めずに「そうなんだね」と理解を示してくれる人もいるのではないか。
そして父と妹と話をしたくないというのは、解決すべき問題なのだろうか。私にどこか欠陥があるのだろうか。このまま心に従って、家族とは距離を置いたままでよいのだろうか。

たぶん私のような考え方をする人は少ないのだと思う。一般常識では良くない事でも、自分が良ければ良いのだと考える人は。
多くの人はここまで考えないだろう。表面だけ取り繕ったり、見て見ぬふりをしたりする人もいるだろう。「家族は仲が良くなければならない」という有害な価値観の元、思考停止状態になり、依存関係を続けたり、自分が我慢したりする人もいるだろう。

しかし先ほど書いたように今私にとって一番大切なのは、自分の心の健康だ。不健康な依存はしたくないし、されたくない。今まで家族と一緒にいてずっと苦しかった。私はカウンセリングを受け、知識を得て、価値観や考え方も変わったが、家族はそのままだ。「自分が悪いのか?」と思い苦しむときは、家族の側にも問題があるのではないかと疑問を持つ必要があると経験上思う。もういい加減家族に気を使わず、自分の人生を生きたい。

だからまあ良いか。今は。 

 

追記:11月2日
約一週間経って気持ちはだいぶ落ち着いた。これを書き終えてカウンセラーにも同様の内容のメールを打っているうち、ひとつ新たに気付いたことがある。このときの私は、自分が父や妹と精神的に距離を置いていることについて、母を始めとする周りから理解を得られないことがつらかったのだ。理解されなくても自分さえ納得していれば良い、と頭では分かっていても、やはりときどき気になってしまう。

このときのモヤモヤは、カウンセリングで学んだテクニックを使って、自分の想像上で家族会議をしてみた。家族に言いたいことをぶつけ、「分かったよ」「そうなんだね」と受け入れてもらうイメージをした。それだけで心がすっきりした。

これも理解しにくいかもしれないが、私にとっては必要だし効果があることなのだ。大丈夫。ときどき取り乱しても、もう私は自分で軌道修正が出来る。それがすごく自信になっている。